■血栓性静脈炎[thrombophlebitis]
PPNにおいて最も問題となる副作用は静脈炎(図7)と血管痛である.これらの副作用を軽減しながら,可能な限り多くのエネルギーを投与するための検討が行われてきた.その対策には,さまざまなものがある(参考文献9-1-4).
図7●PPN施行時の合併症:末梢静脈炎
静脈に沿った発赤,腫脹を認める.その原因はさまざまであるが,輸液組成としての浸透圧,pH,滴定酸度が重要である.本症例ではビーフリード®が投与されており,4日目に静脈炎のために抜去することとなった.ガイドラインでは72~96時間でカテーテルを入れ換えることが推奨されている.これは,すなわち,静脈炎が発生する前に入れ換える,という意味であり,本症例では,より早期にカテーテルを入れ換える必要があった.また,この静脈炎発生頻度は個人差が大きいため,きめ細かな観察が必要である.
① 末梢静脈ルートの確保
原則として,上肢の静脈の関節にかからない部位に,必要最小限の太さのカテーテルを挿入することが薦められている.PPNを実施する場合には,金属針でできている翼状針は使用すべきではない.これは,腕を動かすことによって針先が血管壁を損傷し,投与輸液が血管外に漏出することを予防するためである.
② 輸液の選択
末梢静脈から投与可能な糖濃度としては,一般に10%が限界とされている.現在,12.5%グルコース濃度の製剤も使用されている.症例にもよるが,静脈炎発生頻度は高い.いたずらに糖濃度が高い方が多くのエネルギーが投与できると考えるのではなく,静脈炎の発生頻度,どのような輸液組成を必要としているのか,などを考えて輸液を選択すべきである.アミノ酸を投与しない糖電解質液だけの場合は,一般にPPNとは呼ばない.また,エネルギー投与量を増やす目的で脂肪乳剤が投与される場合もあるが,アミノ酸を投与せずに脂肪乳剤を併用しても,栄養学的には意味がない.
③ 輸液の浸透圧,pH
静脈炎を予防するためには,輸液の浸透圧比は3以下とすべきである.また,pHも生理的pH(7.4)に近い輸液を用いるべきである.輸液の浸透圧が高いと,血栓性静脈炎を引き起こし,発赤のみならず,感染徴候も出現する場合がある.すなわち,PPNとしてできるだけ多くの栄養素を投与しようとすると,その分,輸液の浸透圧が高くなるので,静脈炎発生予防とどれだけのエネルギーが投与できるかについての検討が行われてきた.一般に,末梢静脈を経由して投与できる製剤の浸透圧は900 mOsm/kgが限度とされている.現在市販されているPPN製剤の浸透圧は900 mOsm/kg以下となっており,血液に対する浸透圧比としても3以下である.浸透圧を下げるためには,脂肪乳剤を併用することが有効である.pHとしては6.7~6.9の製剤が一般に用いられている.
④ ヘパリン,ステロイド,血管拡張薬の使用
PPN施行時の静脈炎発生を予防する目的で,少量のヘパリンやステロイドを輸液中に混入させ,ニトログリセリンなどの血管拡張薬含有シールが使用され,良好な成績が得られたという報告もある(参考文献9-1-5).しかし,PPN製剤は格好の細菌増殖の培地であり,いたずらに長期間,カテーテルを留置して実施すべきではない.「静脈経腸栄養ガイドライン 第3版」では,72~96時間ごとにカテーテルを入れ換えることが推奨されている.これは,静脈炎が発生する前にカテーテルを入れ換える,カテーテル感染予防の意味である.
⑤ 滴定酸度
輸液のpHは,水素イオン濃度,すなわち溶液中で解離している酸を示しているだけである.滴定酸度は,溶液をpH 7.4に中和するために必要なNaOHの量として表され,解離した酸だけでなく,解離していない酸も含めた総酸性度を示している(OH~のmEq数).同じpHでも,滴定酸度が高いということは,輸液が血液で希釈されてもpHが血液のpHに戻りにくく,より血管障害性が強くなっていることを意味している.PPN製剤では,グルコースとアミノ酸を混合する必要があるため,メイラード反応を抑えるためにpHを低くする必要があり,そのために滴定酸度を高くする必要もあることになるが,静脈炎発生予防の観点からは,滴定酸度の低い製剤を選択すべきである(表2).
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