第12章在宅栄養管理
12-1:在宅医療の現状と栄養管理
■はじめに
在宅での自立した生活を維持するためには,十分なエネルギーと水分を摂取することが必要である.しかしながら,低栄養状態の高齢者も少なくはなく,在宅での栄養管理が周知できていない現状がある.また,エネルギーと水分だけでなく重要な栄養素がいくつかある.例えば,腎機能が保たれている高齢者については,体内で合成することができない必須アミノ酸の補給が,筋肉合成にとっても必要となる.人生の最終段階における緩和治療として,コラーゲンペプチドは,皮膚トラブルの改善に有用とされている.中鎖脂肪酸は腸管で吸収され肝臓にてケトン体を産生する.ケトン体はグルコースに代わって脳のエネルギー源となってくれるため,認知症の改善に効果があると注目を浴びている.生薬ではあるが,六君子湯はグレリンの分泌を高め,食欲増進効果があるとされている.
また,枯れるように逝くことが人の最期の1つのかたちとして認知されつつあり,人生の最終段階の人工的水分・栄養補給法(artificial hydration and nutrition:AHN)による栄養療法のあり方についても議論されている.AHNの代表格である胃瘻は,延命治療の代名詞のような扱いを受けていることが危惧される.延命治療を受けたいか受けたくないかの選択肢ではなく,人生の最終段階において栄養療法がその人にとって益なのか害なのかをチーム〔栄養サポートチーム(nutrition support team:NST)や在宅療養サポートチーム(home care support team:hST)〕で考えていくことが重要である.
また,このような終末期における栄養療法を考えるにあたって心に留めておくべきことは,食支援が終末期に入ってから行うものではないということである.つまり,余命1カ月からの摂食嚥下支援ではなく,人生の最終段階を迎える前からの食支援が求められている.
■在宅療養における栄養管理の問題点(文献12-1-1)
人生の最終段階に至っていない栄養療法が必要な高齢者のフレイル(frailty;虚弱)に対しても,栄養療法が打ち切られたり,誤った栄養経路を選択され複数年経過していたりするケースなど,病院NSTが介入していないのではないかと感じるケースが増えていると思われる.
図Ⅰ●栄養管理とリハで健康寿命の延伸と日常生活に制限のある期間のQOL向上
(文献12-1-1より引用)
病院NSTとして入院患者の栄養充足をめざす栄養療法を行うのであれば,まずは主観的包括的評価(subjective global assessment:SGA)アプローチにはじまり,客観的栄養評価(objective data assessment:ODA)を行う.栄養障害が疑われる場合には,米国静脈経腸栄養学会(ASPEN)ガイドラインの栄養療法と栄養経路(第6章-1,p.162参照)に沿って,AHNを開始するということになる.
本来はAHNの導入を病院NSTが自信をもって提案し,栄養管理とリハビリテーション(以下,リハ)の両輪で回復にまでもっていくのがあるべき姿であり,退院後は hSTに引き継ぎ,平安な在宅療養を行うことが望ましい.
老化とともに摂食嚥下機能が低下し,QOLも低下していく.人生の最終段階に至る前から栄養管理とリハを行うことで,平均寿命と健康寿命が延伸する(図Ⅰ右から3番目).より早くから栄養管理とリハが行われることで,人生の最終段階を含むすべての時期で,QOLが向上するものと考える(図Ⅰ最右).近年,胃瘻を含めたAHNは延命治療と位置付けられてしまい,本来AHNが必要な患者に対して,栄養介入できないままに,遅い段階からの過度なリハのみを行い,より一層サルコペニアを悪化させているケースがみられている(図Ⅰ最左).
また,AHNを望まない人で,病院では状態が悪かった人も自宅に帰って状態が落ち着くと,hSTの支援によって自然と経口摂取が開始できることも多い.
AHNが栄養状態を改善することだけを目標とするのではなく,あるときは,緩和治療として必要栄養と水分を充足しリハのサポートを行い,日常生活動作(ADL)を向上させ,またあるときは,緩和ケアとして日常生活に制限のある期間(平均寿命-健康寿命)のQOLも向上できると考えられる.
患者の望む目標をサポートするための適切な栄養管理を行うことは,人生の最終段階において平安な生活を過ごすことにつながるものと考えられている.人生の最終段階にはさまざまな身体の徴候がみられ,これに対する緩和的な栄養管理を推進することもhSTの大きな役割となる.
■病診連携ツール(連携パス,連携シート)(参考文献12-1-2)
在宅療養およびそれを支える在宅医療では医療職だけでなく介護福祉職も含めた多職種連携が重要である.ここでは大津市を例に連携に役立つツールを紹介する.
大津市では,後方連携としての数々の病診連携パスが運用されている.そのなかで,胃瘻患者における栄養管理も含めた業務内容や手順を把握することを目的として,2008年12月にPEG地域連携パス(以下,PEGパス)を作成した.当初はこのパスに看護師や薬剤師,ケアマネジャーなど在宅療養に携わる医療介護福祉職の業務を記載できるようにと考えていたが,PEGパス自体が医療者用で,治療(医療)を前提にしたツールであったため,各種医療行為の実施状況のチェックや,検査予定を管理する資料の域を出ず,在宅患者に総合的なケア(療養)を提供するうえでは不十分であった.
そもそも在宅療養では,自宅での生活を重視すると同時に,患者が望む最終的な目標に対してどのようなケアをサポートできるかが重要である.「自分で食事をとれるようになりたい」という胃瘻患者に対しては,胃瘻管理と栄養管理だけではなく,患者の病態や生活背景を踏まえたうえで,誤嚥性肺炎を起こさない食べ物や調理方法,食べ方の検討や対応が,医療介護福祉職それぞれに求められる.
このような条件を満たすツールとして作成されたのが在宅療養連携シート(以下,連携シート)である.連携シートは,病院医療が在宅療養へシフトしていくなかで,介護福祉職を加えた多職種連携を推進していくためのツールであり,介護福祉職の基本的な考え方となっている国際生活機能分類(International Classification of Functioning, Disability and Health:ICF)2001に重きを置き,在宅療養を支える医療職と介護福祉職が共有できるようになっている.ケアカンファレンスや退院時カンファレンス時に,ケアマネジャー(CM)かメディカルソーシャルワーカー(MSW)が作成する.在宅療養での情報が満載であり,訪問指導を行う医療職〔歯科医師,薬剤師,看護師,歯科衛生士,管理栄養士,セラピスト(理学療法士,言語聴覚士,作業療法士)など〕に,患者(利用者)の生活模様がわかる内容となっている.各種後方連携パスの使用状況も記載でき,病病・病診・診診ともリンクできるように配慮されている.また,人生の最終段階での人工栄養や,緩和治療などについての本人の思い,家族の思いも記載できるように工夫されている.連携シートは,多職種がかかわっているため,患者の医療情報(看護の情報),介護福祉の情報を1枚のシートにまとめたものであることから,医療職と介護福祉職の鎹になっていくと考えられている.
また,PEGパス小委員会にて,PEGパスとその使用マニュアルの改訂作業が行われた.PEGケア,口腔ケア,嚥下訓練,簡易懸濁法,栄養管理に加えて,半固形栄養剤の指導の欄をパスに追加し,いつから指導管理料を算定したか,重複していないかの確認ができる欄や,退院の際に病院が指導管理料を開始し,しっかりと経口摂取に向けての指導もすることを明記した文言が含まれている.さらには,アルブミン測定方法についても加筆された.連携シート,PEGパスは大津市医師会のホームページに掲載されているため,参照されたい(http://www.otsu.shiga.med.or.jp/organ)(参考文献12-1-3).