第10章各疾患の栄養管理
10-9:高血圧・心血管系疾患
■はじめに
高血圧と心血管系疾患に共通した「食塩摂取制限」は,従来から推奨されてきた代表的な栄養管理である.
日本高血圧学会における降圧目標の原則として,非薬物療法に早めに取り組むことが推奨され,これには食塩摂取制限および肥満をはじめとした生活習慣病対策が重要となる.しかしわが国の急速な高齢化に伴い,フレイルやサルコペニアに加えて低栄養を合併する高血圧患者や心不全患者が増加している.特に心不全患者では,味が濃く食塩量が多い食事を好む傾向にある.食欲が低下している場合は一時的に食塩摂取制限を緩和し,身体機能の維持・改善のため適正な食事摂取量の確保を最優先とすることを推奨するステートメントが2018年に発表されている(参考文献10-9-1).
■高血圧と栄養管理
A. 高血圧の成因
高血圧の成因は遺伝的素因と環境因子に分けられ,食塩の過剰摂取は環境因子のなかでも大きな割合を占める.
食塩が血圧を上昇させる機序は十分に解明されておらず,食塩(ナトリウム)摂取による体液量(細胞外液)の増加が関与していると考えられている(参考文献10-9-2).ナトリウムは浸透圧物質であり,過剰摂取することで血清浸透圧が上昇するため,人体は水分を摂取することで浸透圧の均衡を保とうとする結果,体液量が増え血圧が上昇する.一方,高血圧はその原因により本態性高血圧(原因の明らかでない高血圧)と,二次性高血圧(特定の原因があって発症する高血圧:腎性高血圧,内分泌性高血圧など)の2つに大別される.この本態性高血圧と食塩の関係については多くの臨床介入研究により確認されており,世界32カ国52集団(日本4集団)を対象に血圧と食塩摂取量の関係を調べたINTERSALT研究においても食塩摂取量と血圧は正の相関を示した(参考文献10-9-3).また,減塩による降圧効果も数多くの研究で明らかとされてきたが,その降圧作用には個人差があり,遺伝的素因が大きな影響を与えていると考えられている.
B. 食塩感受性
本態性高血圧患者は,食塩摂取で血圧が上昇しやすい食塩感受性高血圧と,食塩を負荷しても血圧が上昇しない食塩非感受性高血圧の2つのグループに分けられる.この食塩感受性/非感受性の診断については現在,遺伝子レベルでの研究が行われており,血圧の食塩感受性に影響する因子(食塩感受性因子)(参考文献10-9-4)もわかってきた(表Ⅰ).したがって,食塩感受性因子を多くもっている患者ほど減塩による降圧効果は期待できる.
日本人は食塩感受性が高いとされており,また高齢者,メタボリックシンドローム患者などは減塩による降圧効果が大きい.肥満患者が食塩感受性高血圧になりやすい原因として,インスリン抵抗性,高インスリン血症が原因であることも知られている.このインスリンは腎臓でのナトリウム再吸収を亢進させることから,高インスリン血症は食塩感受性高血圧発症に関係する.さらに肥満患者では,脂肪細胞よりアルドステロン(腎臓でのナトリウム再吸収を促進)分泌促進因子が分泌されることで高アルドステロン血症を介して,食塩感受性高血圧になる機序が示唆されている(参考文献10-9-5).
C. 栄養管理
食塩の過剰摂取は,血圧を上昇させて循環器疾患のリスクを高めるが,血圧とは独立して心血管系に悪影響を及ぼすことが明らかとされている.食塩の過剰摂取は脳卒中や虚血性心疾患,心不全の独立した危険因子(参考文献10-9-2)ではあるが,実臨床では食塩摂取制限だけが身体機能やQOL(生活の質)の維持・改善に求められる栄養管理ではないことに注意を払う必要がある(表Ⅱ)注).
注:権利関係の都合により表Ⅱは不掲載となります.書籍にてご参照ください.
■心不全と栄養管理
A. 心不全の経過
心不全が増悪と寛解を反復する経過における全体像と,栄養状態,栄養管理,運動療法の位置づけを図Ⅰ注)に示す(参考文献10-9-1).心不全を発症すると初発症状に対しての治療が開始される.この急性発症期では身体機能は一時的に大きく低下するが,治療により身体機能は改善し,その後は小康状態が継続し,慢性期のステージに移る.そして何らかの原因により心不全の増悪が生じることで,再び身体機能が低下し,増悪と回復を反復するようになる.しだいに治療効果は低下し,身体機能も徐々に低下していく.最終的には難治性の症状を伴うことで緩和ケアが必要な状態となり,身体機能の制限が生じて終末期に移行する.
注:権利関係の都合により図Ⅰは不掲載となります.書籍にてご参照ください.
B. 栄養管理
栄養管理の原則は,まず心不全の原因疾患となる高血圧など生活習慣病対策による急性心不全の発症予防である.発症後は低栄養対策が重要となり,身体機能の維持・改善を図りながら心不全の増悪を予防し,予後の改善をめざすための患者教育が主となる.具体的にはステージAとB,あるいは安定したステージCの段階では栄養状態が保たれていることが多いことから食塩摂取の適正化が主軸となる.心不全の増悪・回復期には,くり返す入退院で徐々に低下する日常生活動作(ADL)やQOL,栄養状態を維持・改善させる栄養管理と運動療法が主役となる.心不全ステージの進行に伴って栄養状態の悪化を認める場合には,適正となるエネルギーやタンパク質摂取の優先度が高くなり,食塩摂取制限により摂取率低下を助長させないことが大切となる.終末期に近づくと,患者の嗜好を優先したQOL向上を図りながら,フレイルやサルコペニアの予防・改善をめざす.
患者個々の心不全ステージに応じ,栄養管理と運動療法の考え方が異なるため,治療方針を多職種で検討し共有することが重要である.