第1章栄養障害と栄養療法
1-4:運動療法との相乗効果
■はじめに
骨格筋は重要なアミノ酸プールであり,身体活動能力を維持するためには筋肉の質と量を保持することが必要である.医療の進歩で平均寿命が延びて高齢者が増えているが,高齢者のQOLは身体活動能力に大きく依存している.
■中年層の運動不足
近年の日本人は約50年前から摂取エネルギー量はほとんど変化がないにもかかわらず,中高年には内臓脂肪の蓄積したメタボリックシンドロームが増えている.内臓脂肪が蓄積して体重は多いにもかかわらず,足腰などの骨格筋については,質はいわゆる霜降り肉で,量も少ない傾向にあり,交通機関と自家用車の発達による歩行をはじめとする運動の不足が大きな要因と考えられる.このような中高年の肥満は心血管障害や脳血管障害のハイリスクであり,突然死の原因となり,救命できても後遺症で寝たきりになることも少なくない.
メタボリックシンドロームは短命と寝たきりのいわば時限爆弾であるが,現役世代にとって,将来のことまでも考える節制は容易ではない.不摂生と運動不足で太ることは容易であるが,食事療法と運動療法はよほど明確な目的と強い精神力が伴わなければ困難である.しかもいったん脂肪を蓄えた身体は動きが鈍く疲れやすいので運動が苦手になっている.肥満患者にとって太るのは簡単であるが痩せるのは修業であり,ヘビースモーカーの禁煙と同様に周囲のサポートは必須である.
食事を制限せずに運動療法だけでエネルギーを消費するには,かなりの量の運動をしなければならない.かえって食事療法だけで体重を減らす方が簡単である.しかし無理なダイエットは健康を損ねることもあり,リバウンドすることが多い.筋肉を大きくするとエネルギー消費量が増えるので,同じ量を食べても脂肪がつきにくくなる.筋肉は脂肪よりも同体積での質量が大きいので,筋肉を鍛えると同じ体重でも身体が引き締まる.
筋肉もタンパク質であり,筋タンパク合成にはエネルギーと窒素源(タンパク質やアミノ酸)の十分な補給が必要である.エネルギーと窒素源を適切に摂取せずに運動だけを行うと,疲労して体力を消耗することに加えて,脂肪は消費するが筋肉も分解されてエネルギー源として使われるので,体重は減るが筋肉も減ってしまう.運動と栄養補給は両方がバランスよく行われる必要がある(参考文献1-4-1).
■高齢者のロコモティブシンドローム
増加した高齢者は独居または老夫婦2人だけの世帯であることが多い.そのような家庭ではタンパク質の少ない食事に加えて出歩く機会の少なさから,痩せて筋肉も萎縮した状態で入院となるケースが多くなっている.
加齢による運動器機能不全はロコモティブシンドローム(運動器症候群)の最多を占める.筋肉が痩せて筋力が低下することに加えて,心肺機能の衰えから持久力も低下する.反射神経やバランスをとる能力も低下するので,さらに運動不足になり,家に閉じこもるという悪循環でフレイル(虚弱)とよばれる要介護の前段階に陥る.
フレイルは運動器を主とする身体機能の衰えのみならず,精神的要因も加わった社会的活動レベルの低下である.誤嚥して肺炎になりやすく,転倒しやすく,転倒すると骨折しやすい.インフルエンザや感染性腸炎など健康なら自然治癒することがほとんどの感染症でも,合併症や重症化で入院となりやすい.
記憶力や思考力などの精神機能の衰えや,視力,聴力,歯,排尿機能の低下,皮膚の皺や色素沈着,頭髪の脱毛は,栄養摂取や訓練とケアである程度は進行を遅らすことができるが,加齢に抗って若返ることはできない.しかし骨格筋だけは,年をとっても栄養摂取と筋力(レジスタンス)トレーニングで鍛え上げ,キープすることが可能である.
筋肉を増やして筋力を向上させることで運動能力が保てれば,活動性も向上する.その結果,精神的にも衰えを防ぐことができ,健康な状態で生活能力を維持したまま天寿をまっとうすることができる可能性が高くなる.