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キーワードでわかる臨床栄養

第10章各疾患の栄養管理

10-3:多発外傷

■多発外傷の特徴

 多発外傷とは,身体を頭頸部,顔面,胸部,腹部,四肢・骨盤,体表に区分した場合,AIS(abbreviated injury score;臓器損傷の解剖学的な損傷度を点数化したもの)が3点以上の重症外傷が複数区分に及んでいる状態を一般的に指す.患者の全身状態によっては初回手術を簡略化したり(damage control surgery),複数回の手術を要したり,複数区分の緊急手術を同時に行うこともある.各臓器のAIS 3点以上の例とそれに伴う栄養障害を図Ⅰに示す.
 多発外傷は他の病態と比較して,年齢が若い,病前のADLや栄養状態が良好な症例が多い,消化管損傷の可能性がある,安静度や体位に制限がかかりやすい,複数回・複数部位の手術によって生体侵襲が追加され栄養が中断されやすい,麻痺性イレウスを発症しやすい,など栄養療法上の特徴・注意点がある.

■多発外傷における栄養療法の意義

 外傷専門診療ガイドラインには,治療戦略・戦術のなかに栄養管理の項目が設定されており,外傷のトータルマネージメントにおける栄養療法の重要性が示されている(参考文献10-3-1).残念ながら,国内外問わず外傷に関する栄養療法の文献は少ない.しかし他の重症病態同様,異化が亢進して筋タンパクは著明に崩壊し,糖新生が起こって内因性のエネルギーが産生されることはわかっている.外傷では受傷後最初の3週間で体内の骨格筋の約1割を喪失するという報告もある(参考文献10-3-2).SCCM/ASPENのガイドラインは,目標エネルギー投与量を20~35 kcal/kg体重/日としたうえで,外傷の初期蘇生の段階では低エネルギーでもよいが,リハビリテーション(リハ)期に入るにしたがって投与量を増やすこと,他の重症病態同様,上限1.2~2.0 g/kg体重/日のタンパクを投与することを推奨している(参考文献10-3-3).

■栄養を開始するときの注意点

 循環動態を維持するのに急速輸液・輸血や循環作動薬の増量が必要な状況では,経腸栄養自体が腸管虚血の誘因となりえるため,控えるか,注意深い観察のもとで少量から開始すべきである(参考文献10-3-3),(参考文献10-3-4).来院時のCTでは判明せず,遅発性に消化管損傷や膵損傷が診断されることもあるため,経腸栄養を開始する際には腹部の触診を必ず行う.また,腹部・骨盤損傷を伴う症例や鎮痛薬として麻薬を使用している症例は麻痺性イレウスも起こしやすいので注意する.

図Ⅰ

図Ⅰ●AIS 3点以上の外傷例と予想される栄養障害
AISは臓器の解剖学的損傷の程度によって細かく点数化され,その程度や損傷部位によって栄養障害の内容も異なるため,多発外傷では多様な栄養障害が発生しうる.

 他の重症病態同様,感染性合併症などの観点から,可能であれば受傷24~48時間以内の早期経腸栄養が推奨されている(参考文献10-3-3),(参考文献10-3-4).しかし,前述の多発外傷ならではの特徴があり,実際の症例ではハードルが高い.
少しでも早く開始するために,①施設ごとの重症患者経腸栄養プロトコールを導入する,②幽門後チューブ留置法を検討する,といった方法がある.腹腔内臓器損傷や腹部コンパートメント症候群の症例ではopen abdominal managementが選択されることもあるが,腸管損傷がなければ経腸栄養を使用できる場合がある.1週間以上経腸栄養が開始困難と予想される場合,経腸栄養を増量できない場合は静脈栄養を考慮する(参考文献10-3-1).

経腸栄養開始後の注意点

 経腸栄養開始後も腹部診察や腹部単純X線写真,乳酸値の評価を行い,腸管忍容性の評価,損傷や虚血の徴候がないかくり返し確認する(参考文献10-3-4).麻痺性イレウスに注意し,発生した場合は積極的な蠕動促進薬の使用,麻薬から非麻薬性鎮痛薬への切り替え,経腸栄養の継続によって腸管を維持し,バクテリアルトランスロケーションの発症を予防したい.
 耐糖能不良な症例ではインスリンが投与されるが,強化インスリン療法は低血糖のリスクを増大させる(参考文献10-3-5)という報告から,他の重症病態同様,昨今は144~180 mg/dLを目標に管理されていることが多く,より血糖変動の少ない管理が好まれる(参考文献10-3-6).一方で高血糖を呈する場合は,overfeedingが原因になっている可能性があるため注意する.
 多発外傷では,複数の診療科が関与することもあり,栄養療法が後回しにされやすい.手術が複数回予定されることも多く,そのたびに生体侵襲経腸栄養の中断がくり返され,病態は刻々と変化する.リハ・社会復帰に向けて栄養療法を継続し,栄養投与量を増加できるように努める.

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